Google検索の結果が広告で埋まり、AIが求めていない「答え」を返し、知りたい情報にたどり着きにくくなったと感じているユーザーは少なくありません。かつて検索の代名詞だった「ググる」という言葉も、実際の検索体験とは乖離しつつあります。
こうした変化は個別の機能変更ではなく、プラットフォームが段階的に劣化する構造的プロセスです。米国のテクノロジー批評家コリー・ドクトロウ氏は、この現象を「エンシット化(enshittification)」と名付けました。
エンシット化とは何か
ドクトロウ氏は、エンシット化のプロセスを3つの段階に分けて説明しています。この 3段階モデルが対象とするプラットフォームとは、Googleや Amazon、Facebookなど、異なる立場の利用者を仲介するサービスです。
Google検索では、情報を探すユーザー、広告を出稿する広告主、コンテンツを提供するサイト運営者の三者を仲介する構造になっています。
プラットフォームは、誰にどれだけの利益を配分するかを自らの裁量で決定できる立場にあります。Googleの場合、検索結果の上部に広告を何件表示するか、サイト運営者のコンテンツをどの順位で表示するか、ユーザーにどの程度の情報を直接見せるか、のバランスを調整する立場です。エンシット化モデルは、この配分が段階的に変化する過程を説明するものです。
なぜエンシット化は進行するのか
当初はユーザビリティに優れたサービスのため、多くのユーザーから支持され、サービスが普及します。利用者が一定の割合を超えると、そのサービスは「一般化」し、さらに利用者を獲得すると「標準化」します。この段階で、利用者のサービスへの依存度が高くなり、サービスに不満を感じても乗り換えし辛い状況が形成されます。これがロックインです。ビジネス顧客も同様に、そのプラットフォーム上に構築した顧客基盤や広告運用のノウハウを簡単には手放せません。
エンシット化が進行するのは、このロックインによって、プラットフォームがサービスを劣化させてもユーザーとビジネス顧客が離脱しにくい状態が成立しているためです。
ただし、エンシット化モデルはすべてのプラットフォームに一律に適用できる法則ではなく、劣化の速度や段階の現れ方はプラットフォームごとに異なります。
ドクトロウ氏は2022年11月のブログ「Pluralistic」で Amazonを事例にエンシット化の概念を初めて提示し、2023年1月の TikTokに関する記事で3段階モデルとして体系化しました。「enshittification」は米国方言学会の2023年「今年の言葉」、オーストラリアのマッコーリー辞典の2024年「今年の言葉」に選出されています。2025年10月には書籍『Enshittification』として刊行されました。
Don’t be evil(邪悪になるな)
Googleは 1998年、スタンフォード大学の大学院生だったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンによって設立されました。社名は10の100乗を意味する数学用語「googol(グーゴル)」に由来し、膨大な情報を整理するという意図が込められています。
二人が開発した PageRankは、学術論文の引用構造を Webに応用したアルゴリズムです。当時の検索エンジンはキーワードの一致度で検索結果を表示していたため、質の低いページが大量にヒットするという問題を抱えていました。PageRankは、多くの信頼性の高いページからリンクされているページほど重要だと判定する仕組みで、検索結果の質を大幅に向上させました。
ペイジとブリンは1998年の論文の中で、広告収益モデルで運営される検索エンジンについて「広告のビジネスモデルの目標は、必ずしもユーザーに質の高い検索を提供することと一致しない」と指摘しています。二人は広告と検索品質の間に構造的な緊張関係があることを、創業時点で認識していました。
「Don’t be evil(邪悪になるな)」は、この認識を反映した行動規範です。1999年から2001年頃にかけてエンジニアのアミット・パテルやポール・ブックハイトによって提唱され、Googleの企業理念として定着しました。ブックハイトはこのフレーズについて「競合他社への当てつけでもあった」と語っています。当時の検索エンジンでは、オーガニックな検索結果に広告を紛れ込ませる有料掲載が行われており、Googleはこの慣行を欺瞞的だと見なしていました。
「Don’t be evil」は2004年の IPO目論見書にも記載され、社内では広告製品の設計に対してエンジニアが異議を唱える際の根拠としても機能していました。
この理念のもとで設計された Googleの初期の広告モデルが、2000年10月に開始した AdWordsです。AdWordsはテキストベースの広告で、ユーザーの検索キーワードに連動して表示される仕組みでした。広告は検索結果とは視覚的に分離され、背景色によって明確に区別されていました。当時主流だったバナー広告のように画面を占有するのではなく、検索体験をできるだけ損なわない設計が意図されていました。
こうして、ユーザーは質の高い検索結果を無料で利用でき、広告主は検索意図に連動した広告によって関心のあるユーザーに効率的にリーチでき、サイト運営者は Google検索からのトラフィック流入によって読者を獲得できるという「三方善し」の関係が成立していました。
上場と双重株式構造
Googleは 2004年8月、NASDAQに上場しました。IPO目論見書に添えられた創業者の手紙で、ペイジとブリンは「Googleは従来型の企業ではない。そうなるつもりもない」と宣言しています。
この手紙の中で、二人は上場企業の標準的な所有構造が「Googleの成功にとって最も重要だった独立性と客観性を危うくする可能性がある」と述べ、短期的な市場の期待に応えるために長期的な機会を犠牲にすることへの懸念を明示しました。この懸念に対する解決策として導入されたのが、双重株式構造(デュアルクラス構造)です。
Googleの株式は 2つのクラスに分かれています。一般投資家が市場で売買できる Class A株は、1株につき1議決権です。一方、創業者が保有する Class B株は、1株につき10議決権を持ち、公開市場では売買されません。この構造により、ペイジとブリンは発行済み株式の経済的持ち分では少数派でありながら、議決権の過半数を保持しています。
この構造により、株主総会で外部株主の大多数がある提案に賛成票を投じたとしても、創業者の議決権だけでそれを否決できます。通常の上場企業では、株主の意向が経営陣への圧力として機能しますが、Googleではこの力学が構造的に無効化されています。
外部の株主がどれだけ株式を取得しても、経営方針の決定権は創業者の手から離れないのです。
ペイジとブリンはこの設計について、ウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイや、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどのメディア企業が編集権の独立を守るために採用していた構造を参考にしたと説明しています。短期的な株価変動ではなく、長期的な視点で経営判断を行うための仕組みとして位置づけられていました。
創業者主導の経営
2000年の AdWords開始以降、Googleの売上は急速に拡大しました。2001年の約8,600万ドルから、2003年には約15億ドルに成長しています。さらに、2003年には外部のサイト運営者のページに Google広告を表示する AdSenseも開始されました。
広告主は AdWordsを通じて Googleに広告費を支払い、サイト運営者は AdSenseを通じてその一部を収益として受け取る仕組みです。この構造により、相互に依存するエコシステムが構築されました。サイト運営者は広告収益によってコンテンツ制作を持続でき、ユーザーは無料で情報にアクセスできるという関係が成立しました。
Googleの売上は上場後も拡大を続け、2004年の約32億ドルから2014年には660億ドルに達しました。収益の大部分は広告が占めており、検索市場での支配的な地位も確立されていました。
これだけの規模の上場企業であれば、株主から短期的なリターンを求める圧力がかかり、収益の最大化が優先されるのが通常です。しかし、この時期の Googleでは、広告収益の相当部分がムーンショットと呼ばれる長期的な研究開発プロジェクトに再投資されていました。2010年には秘密研究所 Google X(現 X)が設立され、自動運転車(のちの Waymo)や成層圏からのインターネット接続(Project Loon)など、収益化の見通しが不確実なプロジェクトが推進されました。2013年には老化と寿命の研究を行う Calicoが設立され、2014年には人工知能企業 DeepMindが買収されています。
この再投資の方針を可能にしていたのが双重株式構造です。創業者が議決権の過半数を保持していたため、こうした圧力を遮断し、長期的なプロジェクトに資金を投じる判断を維持できました。
また、広告が主要な収益源でありながら、検索結果画面では広告とオーガニックな結果が背景色によって視覚的に区別され、ユーザーが広告と検索結果を混同しにくい設計が維持されるなど、検索体験を大きく損なう形での拡大は抑制されていました。
「Don’t be evil」の理念と、それを維持することを可能にした双重株式構造のもとで、Googleは広告収益を拡大しながらも、検索体験の質を大きく損なうことなく成長を続けていました。
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